対談 赤塚耕一×渋谷正信さん

海の中の森づくりを通じて
自然と共生できる環境づくりを。

今回のゲストはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』やTBS系『情熱大陸』などに出演された潜水士の渋谷正信さん。
海と調和したものづくりを目指して、潜水士の養成なども手掛ける水中工事作業の第一人者に、海を守りたいという思い、そしてFFCとの出合いから得た環境保全の可能性などをお聞きしました。

『BOSCO TALK』
赤塚耕一×渋谷正信さん(潜水士、株式会社渋谷潜水工業 代表取締役)

2014年7月発行『BOSCO 7号』掲載 BOSCO TALK


赤塚 まず“潜水士”という仕事について教えていただけますか。

渋谷 潜水士とは、陸上で行われる建設工事とほぼ同じことを“海の中で”行う仕事です。橋の基礎工事や空港や港の建設工事など、海中建設工事の何でも屋ですね。この仕事を始めて42年になるのですが、最初の20年くらいは「いかに早く上手に効率的に仕事をするか」ということばかり求めていました。依頼者からの信頼も得ていたし、またそれができている自負もありました。その頃、海は私にとって「お金を稼ぐ場所」だったんです。

赤塚 そんな渋谷さんを現在の「海を守る、海とともに生きる」という活動に導いたきっかけは、どんなことだったのでしょうか?

渋谷 20年を過ぎた頃にいくつか人生の転機になることがあったのですが、大きかったのは会社が乗っ取られたことです。

赤塚 ご自分の会社を、ですか?

渋谷 海外出張から帰ってきたら社員も客先も、私が右腕として信頼していた人がつくった会社に引き抜かれていたんです。それまでの私は、何より「強くあること」を人生の指針にしていました。常に「強さ」に憧れ、弱さを軽蔑していた部分があったんです。

赤塚 でもその事件がきっかけで気持ちに変化が表れたのですね。

渋谷 ええ。さすがの私もこのときは落ち込んでしばらく立ち直れなかった。そのとき初めて知ったんです、「自分は弱いんだ」と。自分の弱さがわかって初めて、ものの見方が変わりました。人は誰もが弱い。それでも生きているんだと。弱さの中にある「やさしさ」の大切さを知ったんですね。そして、稼ぐ場でしかなかった海の美しさにも気づいたんです。

海中調査の現場にて。海と人、人と自然の共生の道を探るために、渋谷さんは海へと向かう。

大きな海中カメラで撮影する渋谷さん。今も年に200日は海に潜るという。

海を壊してきた自分が、海のためにできること

赤塚 そうしたなかで、「海がおかしくなってきている」という危機感を持たれたのですね。

渋谷 何より私自身が海にダメージを与え続けた張本人でしたから。海中にダイナマイトを仕掛けて爆破させたりしていたわけです。誇りを持っていた仕事が環境を破壊していた。そこから「今の自分の仕事を見直して、海のためにできることを」と考えたのです。

赤塚 その思いが海藻の再生による「海の中の森づくり」や魚や海藻が共生できる海中建設物づくりの活動につながるのですね。

渋谷 私とFFCとの出合いも、そうした時期に重なっています。最初のきっかけは鉄分でした。以前、北海道で昆布がなくなっているという話を聞いて調査に行ったときのことです。漁業組合の組合長さんから「昔は山から川を伝って海に栄養分が流れてきたのに、開発によってそれがなくなったんだよ」という話を聞いたんです。それでピンときたんですね。その後、山の腐植土から溶け出す天然の鉄分が海に流れ込むことで、海藻や魚たちが育つ環境がつくられていたのではないか、という研究をされている大学の研究生と海中調査をする機会もあり、そうした調査活動のなかから、「海や海藻にとって鉄分は非常に重要だ」と思い至ったんです。

検証者としてFFCによる海の再生に取り組む渋谷さん。資料からは海の未来が見えてくる。

赤塚 カキの養殖などをされている西明水産さんがFFC処理された排水を海に流していたところ、その周辺の海からヘドロがなくなり、アマモが蘇ったというお話を聞かれたのはその頃なのですね。

渋谷 はい。その事実に興味を惹かれて、実際に自分の目で見たいと思い、調査や水中撮影をさせていただきました。私はこれまでの仕事を通じて、ヘドロの海もよく知っています。海中工事の現場では腰までヘドロに浸かって仕事をするのは日常茶飯事ですから。ヘドロの大変さをよく知っているからこそ、FFCで処理した水を海に流すだけでヘドロが消えたという事実は大きな驚きでしたね。

海藻の再生やヘドロの浄化―。
海中で目の当たりにしたのは、
FFCの大きな可能性でした。

FFCの技術で海の再生を点から面へ

渋谷 同時に大きな可能性を感じました。そこでFFCが海や水に対してどういう効果があるのかをもっと調べたい、自分でも再現してみたいと強く思ったんです。

赤塚 ありがとうございます。広島だけでなく日本全国にヘドロの海はまだまだたくさんあります。渋谷さんの目から見て、現在の海再生への取り組みの課題をどう考えていますか?

渋谷 日本の海の再生活動はどうしても“点”で行われがちです。でもそれを線や面にしていかないと大きく変わりません。だから西明水産さんのヘドロとアマモの事例を見て「これなら広い“面”での再生活動に活用できる」というイメージが浮かんできたんです。

広島県東広島市の西明水産さんのカキ養殖場にてアマモとヘドロの調査をする渋谷さん。

西明水産さん(広島県)の近隣の海での調査にて。前列左から 西明教康さん、渋谷さん、西明さんのご子息の学さん、ご協力いただいた中村いづみさんと岩谷儒須夫さん(後列右)。

赤塚 そのイメージが海の森づくりに活かされているのですね。

渋谷 極端なことを言えば、FFC元始活水器をつけて処理した水を流すだけでいいんですから。こんなに手軽で誰にでも始められる海再生の活動は他にありませんよ。

赤塚 海の再生にとって「流れ込む水」は重要な要素ですね。

渋谷 おっしゃる通りです。西明さんの事例で得た手応えを、海再生の新しいモデルケースとして広めていきたいと思っています。

赤塚 素晴らしいお考えですね。この雑誌名の『BOSCO』には「森林」という意味があります。緑豊かな自然本来の姿を残したいという願いを込めてつけたのですが、そのBOSCOを海の中に再現したいという渋谷さんの思いに、非常に感銘を受けました。「やさしさ」という「強さ」で地球環境のために取り組まれているお姿と、赤塚グループの理念は、まさに同じ志です。これからもFFCという技術を地球のために役立てる取り組みを、世界中に広げていきたいと考えています。ぜひ今後ともご協力をいただければと思います。今日はどうもありがとうございました。

渋谷 ありがとうございました。

美しい“本物の海”を次世代に残したい。渋谷さんと赤塚社長の願いは同じだ。


渋谷正信(しぶや・まさのぶ)

1949年北海道生まれ。海洋開発技術学校・深海潜水科卒業。水中工事の第一人者として本州四国連絡橋や横浜ベイブリッジ、羽田空港など数多くの深海工事を手掛ける。現在は株式会社渋谷潜水工業(本社・神奈川県平塚市)の代表取締役。海中工事のほか潜水士育成や海洋再生エネルギー事業などにも積極的に取り組んでいる。

渋谷さんの著書『海のいのちを守る プロ潜水士の夢』(春秋社刊)。


取材・文/柳沢敬法 撮影/野呂英成