心に咲く花 4回 すみれ

故郷は 庭もまがきも 荒れゆけど
心とどまる つぼすみれかな ― 慈円

【現代訳】
ふるさとは庭も垣根もすっかり荒れてしまったけれども、強く心に惹かれるすみれであることよ。

心に咲く花 第4回 すみれ


この春は小さなすみれの凛とした美しさに励まされることが多い日々です。
決して出しゃばることはないのに、優しくて可憐な花。都心でコンクリートの割れ目からも濃紫色の花を咲かせている姿と出会うと、思わず立ち止まって、心の中で声をかけたくなります。

和歌の世界では、『万葉集』の時代から日本人に詠まれてきました。
「春の野にすみれ摘みにとこし我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける」という歌は山部赤人の代表作の一つに数えられています。
ピックアップした慈円の歌に似た、「ふるさとと荒れゆく庭のつぼすみれただこれのみや春をしるらん」という歌を詠んだのは、『新古今和歌集』の編者としても『小倉百人一首』の選出者としても知られる藤原定家です。

近代では、五千円札の肖像画にもなっている樋口一葉が、「あるじなき垣ねまもりて故郷の庭に咲きたる花菫(すみれ)かな」という歌を残しました。
千数百年にもわたって、私たちの国土も人々の心も潤してくれたすみれ。
花がすばらしいだけでなく、若葉を茹でておひたしにしたり、酢の物や和え物、天ぷらとしても重宝されて参りました。
野草ならではの力強さ、逞しさも兼ね備えたすみれ。
あの小さな花や支える茎、根のどこに見事な生命力を宿しているのでしょうか。

清少納言は『枕草子』ですみれを讃えています。
俳句では松尾芭蕉が、「山路来て何やらゆかしすみれ草」と詠み、正岡子規が「我庭に一本さきしすみれ哉」、夏目漱石も「菫程な小さき人に生れたし」と詠んでおります。

日本に約五十首、世界には四百種類にも及ぶすみれが生息していると言われる昨今。
山野に自生する、地上に最も近い場所を彩る小さな天使たちの活躍を今後も愛で続けたく存じます。
晩春の美は道端にもとても豊かに広がっております。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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