赤塚植物園の希少植物保存温室

珍しき熱帯植物の宝庫
赤塚植物園の希少植物保存温室

人間の行き過ぎた社会活動によって地球の自然環境は大ダメージを受けています。そして花や樹木などの植物も生育場所が奪われ、大切な生物多様性も失われつつあります。自然環境を保全し、生物の多様性を守っていくことは、私たち現代人の責任でもあるのです。
そこで今回は、赤塚植物園の「希少植物保存温室」を紹介します。珍しい熱帯植物を大切に守り育てているこの施設は、自然と共に生きるという赤塚グループの理念の表れです。希少な植物との出合いを楽しみながら、自然環境への関心も高めてほしい。

※現在、FFCユートピアファームは休業中です。

【希少植物保存温室】の
おもしろ&めずらし 熱帯植物図鑑

棟高が23mに達するこの温室は、近隣のランドマークにもなっています。(左)
まるで熱帯林を歩くような南国気分を味わえます。(右)

滅多に見られない珍しい花、歴史を感じさせる貴重な樹木、熱帯植物ならではの個性的な果実──。

約245坪の敷地という広大な温室には、80種類を超える熱帯系の希少な植物が植え付けられ、まるでジャングルに迷い込んだよう。
自然環境の保全や蘇生に力と情熱を注いできた赤塚グループだからこそ、これだけの希少な植物を一堂に集めることが可能になったと言えるでしょう。

今回は赤塚植物園で長年、花の生産や育種開発に携わり、グリーンアドバイザーとしてテレビ出演なども数多い“赤塚の植物博士”こと倉林雪夫さんに、温室内を案内していただきました。
ただ単に「希少」というだけでなく、「あっ」と驚き「へぇ~」とうなずくおもしろエピソードを持った植物が盛りだくさん。

さあ、珍しくて美しい熱帯植物たちを紹介しましょう!

「希少な植物と直に接することで、自然環境に関心を持ってほしいですね」と倉林さん。


ポッコリおなかが特徴の、温室一ノッポな木

温室に入ると目の前にそびえるように立っている『トックリキワタ』の巨木が出迎えてくれます。
「最大の特徴は幹のふくらみです。酔っぱらいのおなかに見えることから『ヨッパライノキ』とも呼ばれます」(倉林さん、以下同)

12月から1月にかけてピンクの花が咲き誇り、その様子が桜に似ていることから『南洋桜』とも呼ばれているのだとか。
「この花は咲いたまま落ちるので、周囲が一面ピンクの花のカーペットになるんです。なかなか見られない、美しくて貴重な光景ですよ。ブラジルではトックリキワタの花で花見をするそうです」

花の後にできる実の種子は白い繊維質で包まれています。これがパンヤ綿と呼ばれ、枕やクッションの詰め物に使用されます。
「若い頃のトックリキワタの木はスリムで、幹には鋭いトゲがついています。でも樹齢を重ねるにつれてトゲは消え、幹はどっしりと膨れてくるんです。若い頃はとがっていても大人になると落ち着きが出てくる。同時におなかも出てくる(笑)。人間と同じですね」

トックリキワタ(Chorisia speciosa)
【分類】パンヤ科 コリシア属 落葉高木
【原産】 ブラジル南部、アルゼンチン、パラグアイ
咲き誇るトックリキワタの花。鮮やかなピンク色がとても美しい。

門外不出!? お釈迦様が座られた木の末えい

この希少植物保存温室で希少性が群を抜いているのが、この『インドボダイジュ』でしょう。

菩提樹は『無憂樹』『沙羅双樹』と共に仏教三大聖樹のひとつ。インドでは主要三神が住む樹木として神聖視され、歴史的にも非常に重要な樹木とされています。
「実は、当園のインドボダイジュは約2500年前にお釈迦様が悟りを開かれたときに座っていた菩提樹の末えいに当たるという、非常に貴重な木なんです」

約2300年前、インドのマウリヤ朝アショーカ王の娘であるサンガミッタ尼が、宗教紛争が起きるたびに傷つけられる菩提樹を見かねて、苗木をスリランカに持ち込み、アヌラーダプラという地に植樹したのがスリマハー菩提樹。
「そこから数えて3代目、つまり初代から4代目に当たるのが当園のインドボダイジュなんです」

そんな壮大な歴史を持つ由緒正しい樹木が、この温室で脈々と命をつないで歴史を重ねている──。
そんなロマンに触れられるのも、希少植物保存温室の大きな楽しみと言えるのではないでしょうか。

インドボダイジュ(Ficus religiosa)
【分類】 クワ科 フィカス属(イチジク属)
熱帯では常緑高木
【原産】 インド、スリランカ
(東南アジア熱帯雨林気候区)

房状に咲くヒスイ色の花が珍しい絶滅危惧種

「この花は絶滅危惧種なので希少性が高いですよ」と倉林さんが教えてくれたのが『ヒスイカズラ』。

「フィリピン・ルソン島などごく限られた熱帯雨林にしか生息しないマメ科の花です。フィリピンでは絶滅が危惧され、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物のリスト)に登録されているんです」

そんな貴重なヒスイカズラ、まずは花の色が何とも独特です。
「その名前のとおり、神秘的な青緑系のヒスイ色をしているでしょ。植物というより“鉱石”のような、どこかしら造花っぽい印象もある。そんな違和感がヒスイカズラの魅力でもあるんです」

開花は4月下旬から5月中旬頃で、フジの房のように長く垂れ下がって咲き、長いものだと1m以上にもなるとか。
「オウムのくちばしに似た形の花が、ひと房に100輪以上も咲き、その姿は実に壮観ですよ」

絶滅の危機にさらされているヒスイカズラ。花の美しさや希少性の裏側にある深刻な環境問題にも関心を持ちたいですね。

ヒスイカズラ(Strongylodon macrobotrys)
【分類】マメ科 ヒスイカズラ属
【原産】 フィリピン・ルソン島のジャングル

樹形がスマートなサンセベリアの突然変異株

熱帯植物は葉にも特徴があります。この希少植物保存温室でも、個性的な模様や形状の葉を持つ植物がいくつも栽培されています。

例えば、『サンセべリア・スタッキー』もそのひとつ。
次ページのサンセべリアの突然変異株という逸品です。

とにかく葉の形状がユニークです。縦の溝が入った円筒形で、先端が固くとがった棒のような形をしています。槍が地面に突き刺さったような生息の仕方をしている珍しい品種なんですよ」

スタッキーはサンセべリアのなかでも非常に生育が遅く、出荷も少ないため、あまり多くは流通していないと言われています。

サンセベリア・スタッキー(Sansevieria Stuckyi)
【分類】 リュウゼツラン科 サンセベリア属 多肉植物
【原産】メキシコ

クジャクの羽のような葉の模様が美しい

そしてエキゾチックで南国を思わせる葉模様がパッと目を引くのが『カラテア』。葉脈に沿うように、独特な矢羽模様が入っています。

「葉の模様が、クジャクの羽のように見えませんか?そのために『ピーコック・プラント』とも呼ばれています。ここにあるのは『マコヤナ』という品種。葉の表は緑色、裏は赤紫と、葉色が違っているのも特徴です。」

カラテア(Calathea)
【分類】 クズウコン科 カラテア属 常緑多年草
【原産】 ブラジルを中心とした熱帯アメリカ

部屋の空気を浄化してマイナスイオンを放出する

こちらの『サンセベリア』は『トリファスキアタ』といって、熱帯や亜熱帯の乾燥地域に数十種類が存在するサンセベリアのなかで、もっとも一般的な品種です。

「独特の斑の入った葉模様が虎のしっぽに見えることから『トラノオ』とも呼ばれます。そしてサンセベリアのもうひとつの特徴は、マイナスイオンを放出し、空気をきれいにする機能があること。あのNASA(アメリカ航空宇宙局)が研究・発表している『エコプラント』のひとつにも選ばれているんですよ」

サンセベリア・トリファスキアタ(Sansevieria trifasciata)
【分類】 パリュウゼツラン科 サンセベリア属  常緑多年草
【原産】メキシコ

葉の間に水分を蓄えるユニークな生態が特徴

同じように虎に似た模様の葉を持っているのが『アナナス』。パイナップル科に属する植物の総称で、日本ではパイナップルの別名としても使われています。

「当園にあるのは、葉模様が特徴の『フリーセア・ヒエログリフィカ』という品種。普通、植物は根から水分や養分を吸収しますが、アナナスは葉の中心部に葉筒という筒を作って水をため、そこから栄養分を吸収します。水分を体内ではなく体外に蓄え、根ではなく葉から吸収するユニークな植物です」

アナナス・フリーセア・ヒエログリフィカ(Ananas Vriesea hieroglyphica)
【分類】 パイナップル科 フリーセア属 多肉植物
【原産】 ブラジル

別名『ハイドゥン』。ベトナム王家に伝わる「幻の名花」

インドボダイジュと並んで希少性が高い植物が『ハイドゥン』と呼ばれる『ベトナムツバキ』。

ベトナムのグエン王朝(1802~1945)時代に13代続いた王家で愛され、その美しさから国外への持ち出しが一切禁止されていたといわれる、まさに門外不出の“幻の名花”です。
第二次世界大戦が終わってもベトナム戦争などの戦火のために調査が進まず、1994年にようやく日本の学術調査によってベトナムツバキが再発見されました。
そしてその後に日本に導入されたという貴重な品種なのです。

「とくに赤塚植物園では、日本国内に持ち込まれた最初のベトナムツバキから、数株を植え付けて栽培しています。そのため日本に存在しているベトナムツバキのなかでも、非常に由緒正しい品種と言えるでしょう」

紅色の花弁にはろう細工のような、和菓子職人の作品のような質感があって、エキゾチックなかわいらしい雰囲気を醸し出しています。
ベトナムでは今も旧正月を祝う花としても愛されているそうです。

ベトナムツバキ(Camellia amplexicaulis)
【分類】 ツバキ科 ツバキ属 非耐寒性常緑低木
【原産】ベトナム北部~中国南部

夜に咲いて明け方に散る、一夜限りの儚い美しさ

マングローブや川沿いの湿地林などで、夏の夕暮れから夜にかけて咲きます。『サワフジ』とも呼ばれ、垂れ下がるように咲く花は、その長さが50cm近くになることも。夜に咲き、朝には散ってしまうため、その儚い美しさは、あまり知られていません。

サガリバナ(Barringtonia racemosa)
【分類】 サガリバナ科 サガリバナ属 常緑高木
【原産】 奄美大島や沖縄、東南アジアの熱帯・亜熱帯地域

花から採れる精油はアロマオイルや香水の原料に

イランイランとは、タガログ語で“花の中の花”という意味。強い芳香が特徴で、とくに夜間の香りは格別。花から採った精油は香水の材料になります。インドネシアでは新婚夫婦がベッドにこの花びらをまいてムードを高めるというステキな習慣があるとか。

イランイラン(Cananga odorata)
【分類】 バンレイシ科 カナンガ属 常緑高木
【原産】 東南アジア、オーストラリア北東部

薬効作用にも注目の、化粧パフに似た美しい花

長い線状の雄しべが集まり丸い化粧パフのような鮮やかな赤色の花を咲かせます。当社と東京海洋大学の共同研究で、この花の葉から血糖値上昇抑制に有効な物質が抽出されることが判明、美しさとともに薬効作用も注目されています。

オオベニゴウカン(Calliandra haematocephala)
【分類】 マメ科 カリアンドラ属 常緑低木
【原産】 ボリビア、ペルー、ブラジルなど

鳥のくちばしに似たオレンジの萼がユニーク

ストレリチアの名は、英国王ジョージ3世の王妃、シャーロットの旧姓「ストレリッツ」に由来するとか。オレンジの萼や派手な姿が「極楽鳥」を思わせることから『極楽鳥花』とも呼ばれています。南アフリカでは国の花として愛され、八丈町(八丈島)の町花、さらにはロサンゼルス市の市花にもなっています。

ストレリチア(Strelitzia)
【分類】 バショウ科 ストレリチア属 常緑多年草
【原産】南アフリカ

甘酸っぱい果実が、幹や枝に直接なる不思議な植物

熱帯植物の果実といえば、思い浮かぶのはパイナップルやマンゴーといったトロピカルフルーツ。

この希少植物保存温室にも珍しい果実をつける植物が数多く育てられています。なかでもひと際目を引くのが『ジャボチカバ』です。
「ジャボチカバは幹生花(幹生果)といって、木の幹肌や枝に直接、花が咲き、実がなるというとても珍しい植物です。木の幹にブドウのような黒紫の果実が密生している姿は実にユニークで、独特な雰囲気があります」

そうした特徴から『キブドウ』とも呼ばれるジャボチカバは、春から秋にかけて数回、開花し、実をつけるといいます。
「6~8月頃に結実する果実は生食もできます。皮をむくと、果肉はライチのように透明なゼリー質です。水分をたっぷり含んで果汁も多く、ブドウの巨峰に似た甘酸っぱい風味があります。さっぱりしていておいしいですよ」

収穫後数時間で味が変わるほど劣化が早くて輸送性に乏しいため、店頭にはまず並ばないという、希少性の高い南国フルーツです。

ジャボチカバ(Myrciaria cauliflora)
【分類】 フトモモ科 ミルシアリア属 常緑小高木
【原産】ブラジル南部

コロンとした球形の果実は、まさに“タマゴの実”

『タマゴノキ』とも呼ばれ、その名のとおり、卵のような楕円球の実がなる木です。果皮は滑らかでツヤツヤと光沢があり、熟すと黄色くなります。食べられますが、そのまま生食すると口がすぼむほど強い酸味があるため、多くはシロップ漬けにしたり、ジャムやシャーベットに加工されています。

エッグフルーツ(Garcinia xanthochymus Hook)
【分類】 オトギリソウ科 フクギ属 常緑高木
【原産】 インド南部(東南アジア熱帯雨林気候)

熟した果実の姿が、あの世界的キャラを連想させる!?

正式な名称は『オクナ・セルラタ』。黒く熟した果実と赤くなった萼という組み合わせがミッキーマウスの顔にも見えることから、『ミッキーマウスノキ(ミッキーマウスツリー)』の別名があります。直径3cmほどの小さくて黄色い花が咲くなど、その名のとおりかわいらしい姿が魅力です。

ミッキーマウスノキ(Ochna serrulata)
【分類】オクナ科 オクナ属 常緑低木
【原産】南アフリカ

果皮が尖った松ぼっくりのような集合果が特徴

タコノキの名は「気根」と呼ばれる根がタコの足のように伸びることに由来しています。さらにこの品種は、葉や樹姿が美しいことから「ビヨウ(美葉)タコノキ」と名付けられました。松ぼっくりのようなボコボコした果皮の集合果が特徴。熟すると甘くいい香りがしますが食用にはなりません。

ビヨウタコノキ(Pandanus)
【分類】 タコノキ科 タコノキ属 常緑高木
【原産】 マダガスカル

酸っぱいものが甘くなる!? “奇跡の果実”の不思議な効果

小粒で赤い果実をなめてからレモンなどの酸っぱい物を食べると、なぜか酸っぱさを感じず、甘く感じます。この不思議な特性はメディアでも話題になりました。果実に含まれる「ミラクリン」という成分が味覚を混乱させるからだとか。日本の気候では温室でも結実しにくく、栽培がとても難しい品種です。

ミラクルフルーツ(Synsepalum dulcificum)
【分類】 アカテツ科 フルクリコ属 常緑低木
【原産】西アフリカ

まだまだあります、熱帯の植物!
希少植物保存温室MAP

ここまで紹介した植物以外にも、温室では多くの熱帯植物が栽培されています。
どんな植物が温室のどこにあるかがすぐにわかるイラストマップを使って、さらにいくつか紹介しましょう。
(下の画像をクリックすると希少植物配置図が開きます。)

A.バイオリンの調べのような品のある南国の桜

日本の桜を思わせる可憐な花です。テイキンとは「バイオリン」のことを意味します。ピンクやオレンジ色の花をつける品種もあります。花期は4~6月。

テイキンザクラ
【分類】 トウダイグサ科
ヤトロファ属 常緑小低木 
【原産】 キューバ
(アメリカ熱帯雨林気候)

B.筒状になった花の形がユニークなデイゴの仲間

茎に対する花の付き方(花序)が、武将が兵を指揮するための采配に似ていることが名前の由来に。紅色で筒状の花が上向きに咲くのが個性的。花期は3~5月頃。

サイハイデイゴ
【分類】マメ科 デイゴ属 落葉低木
【原産】ブラジル

C.シャンデリアのように咲く花が美しいドラセナ

ドラセナの一種で、パラオ諸島に原生します。希少な観葉植物として人気ですが、シャンデリアのように垂れ下がって咲く薄黄色の花の姿もまた見事です。

パラオ・ドラセナ
【分類】リュウゼツラン科 ドラセナ属
【原産】パラオ、フィリピンなど

D.樹齢数千年の木も!生命力あふれる南国の大木

20mにも達する高木で赤い樹液が出るため「竜血樹」の名も。樹齢7000年という木もあるほど生命力が強く、長寿の木としても珍重されています。

ドラセナ・ドラコ
【分類】リュウゼツラン科 ドラセナ属
【原産】カナリア諸島

E.紙のような樹皮を持ち、精油はアロマテラピーでも人気

カユプテはマレー語で「白い木」。樹皮が紙のように剥がれ落ちるのが特徴で、精油はアロマオイルとしても使われています。

カユプテ
【分類】フトモモ科 メラレウカ属 常緑高木
【原産】東南アジアからオーストラリア北部

F.育ちが早く、地球温暖化にも有用な奇跡の木

二酸化炭素を大量に吸収することから・奇跡の木・と呼ばれるモリンガの仲間。1年で数mと生育が早く、25mくらいまで成長します。葉や実は食用になります。

モリンガ・ヒルデブランディ
【分類】ワサビノキ科 モリンガ属
【原産】マダガスカル、フィリピンなど

G.派手な見た目と上品な甘さが人気のトロピカルフルーツ

さっぱりと甘い果実は南国フルーツとして人気。果皮が竜のうろこのように見えるために、この名前が付きました。

ドラゴンフルーツ
【分類】 サボテン科
ヒモサボテン属
【原産】熱帯地方に広く分布

赤塚植物園・倉林雪夫さんに聞く
希少植物保存温室奮闘記
[そこには、温室よりもアツい思いがあった]

図鑑の写真だけでなく
“本物”を見ることが、
植物への興味や関心へとつながるはず。
それもこの温室の大切な役割なんです。

同じ環境下で多種多彩な植物を共生させる難しさ

──本格的な温室ですから、その管理も大変だと思うのですが?

「今いちばんの悩みが『育ちすぎ』という問題なんです。トックリキワタにしても自生地では高さ10~15mくらいが一般的なのですが、もう20mを超える高さにまで成長しています。でも、この温室は天井高が23mしかないんです(笑)。このままでは天井を突き破ってしまいますよ。ですから伸びすぎた枝葉の剪定は欠かせないのですが、背が高いだけにこれもまた重労働なんです」

──温室内の環境設定も難しいのではありませんか?

「そうですね。実は温度の調整以上に重要なのが湿度管理なんです。熱帯特有の湿気、水分の調整は健全な生育に直接影響してきますから。とくにこの温室が完成して植物たちを育て始めた当初は、個々の植物への水やりひとつを取っても、ものすごく神経を使いました。品種によって必要な水分量も異なります。温室全体に均一に水やりをするだけでは、生育に大きな差が出てしまうんですね」

──特性の異なる植物を同じ温室で育てる難しさですね。

「ひとつの品種が育ちすぎることで、その陰になる植物が必ず出てきます。太陽の光を遮られて生育に支障が出てくる植物も少なくありません。枯らしたくないけれど育ちすぎも困る。湿度コントロールや剪定方法などを工夫して、同じ温室内で多品種をいかにバランスよく育て、共生共存させるか。熱帯植物を育てる温室が抱えている、なかなか難しい課題ですね」

瀕死のバオバブを救え!スタッフ総出の集中治療

──特に生育が大変だったという植物はありますか?

「オーストラリア・バオバブは、2000年の淡路花博でオーストラリアから出展された木を譲り受けたもの。ところが運び込まれたときには根が腐り、幹は大量のアリに食われて空洞状態と、満身創痍でした。そこでアリをすべて駆除し、仮植えをしてからその上に専用のビニールハウスを作り、専用ボイラーを入れて温度調整をし、地下暖房を導入して根のケアをして……とスタッフみんなであらゆる手を尽くしました」

──バオバブ版の“集中治療室”のようなものですね

「その甲斐あって立派な木によみがえってくれました。苦労したけれど、ひとつの命の再生を果たしたという喜びは大きかったですね」

──薬効成分が見つかるなど有用な品種も見つかっていますが。

「熱帯植物は今、『資源』としても注目されています。血糖値を下げる薬効が期待されるオオベニゴウカンなどもその例ですが、ほかの植物にも解明されていない薬効成分がある可能性は高い。希少植物の保護には種の保全だけでなく、遺伝資源としての有用性を活かすという重要な側面もあるんです。私たちもその一端を担っているという責任は常に感じていますね」

──この温室で珍しい熱帯植物たちの姿を見るだけでも、いろいろと勉強になりますね。

「ですからお客様にも気軽にお越しいただきたいですね。図鑑で見るだけだった希少植物の“本物”に接することができる絶好の場ですから。本物を見ることで植物への興味や自然環境への関心をより高めていただく。それこそがこの温室の大切な役割なんです」

オーストラリア・バオバブの幹に残るアリに食われたあと(左)。 今はすっかり元気になった(右)。


倉林雪夫(くらばやし・ゆきお)

(株)赤塚植物園育種開発部 執行役員部長。日本家庭園芸普及協会認定グリーンアドバイザー。1975年に㈱赤塚植物園入社以来、生産部門で植物の生産に従事。その後、販売部門を経て2011年に育種部門を立ち上げ、タイタンビカス他の育種に専念。NHK『趣味の園芸』、NHKBS『私のガーデニング』などテレビ出演多数。


希少植物保存温室とは?

今回紹介した希少植物保存温室は、赤塚植物園の本社敷地内にある生産第二農場に付随する施設です。
生産第二農場は『ユートピアファーム』と呼ばれ、定年を迎えてまだ元気なシルバー世代に心の癒しや仲間との交流、仕事のやりがいを提供する新しい園芸生産のモデルケースとして建てられ、現在は農場として運用し様々な植物を生産している。

DATA
住所 : 三重県津市高野尾町1868-3(赤塚グループ本社社屋 となり)
お問い合わせ: 059-230-1234(代表)
※現在、FFCユートピアファームは休業中です。

生産第二農場での光景。赤塚植物園の培ってきた経験と知恵によって多くの植物が栽培されています。


2014年10月発刊『BOSCO 8号』掲載 特集
撮影/野呂英成 取材・文/柳沢敬法 イラスト/田積正敏(tm-illustration)
写真&マップ提供/赤塚植物園