心に咲く花 10回 菊

秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花
うつろふからに 色のまされば― 平貞文

【現代訳】
秋を過ぎても盛りの時期がある菊の花。色が移ろいゆくほどに味わい深く、美しさがさらに優ってゆくのだから。

心に咲く花 第10回 菊


古来「星見草」「千代見草」「寿客」とも称されてきた菊。
桜を始め、時が移ろえば儚く散ってゆく花が少なくない中で、菊は時を経ることでさらに美しさや味わいが深みを増す花だと讃えられてきました。
白菊がやがて紫がかっていく美しさが愛でられたのです。まさに「うつろふからに色のまさる」花です。

中国では「竹」「梅」「蘭」と共に四君子にも喩(たと)えられ、「不正を寄せ付けない高潔さ」「不遇の際も変わることのない確かな友愛」のイメージで愛されてきました。

桓武天皇や嵯峨天皇、さらには後醍醐天皇にも愛された菊。

『御伽草子』には「かざしの姫」という菊にちなんだ説話があります。
美しく、心優しかった姫は草花を慈しみ、とりわけ深く菊の花を愛しました。
ある秋の夜、一人の端正な若者が姫に恋心を打ち明けます。二人は楽しい時間を過ごしましたが、ある日、姫の父が朝廷に菊の花を献上することになりました。
その夜、端正な若者は自分は菊の精なのだと明かし、二人は涙ながらに別れを惜しみます。花が贈られた後、若者はもう二度と姿をあらわすことがありませんでした。

秋の夜長には菊を愛でながら、古来語り継がれた説話と向き合うのもいいかもしれません。
現在では四季を問わずに見ることができる菊も、やはり馥郁(ふくいく)たる薫りは秋が格別です。野菊が風に揺れている姿も風情があって、見る人たちの心を潤します。

『古今和歌集』におさめられた掲出歌を詠んだ平貞文は、紫式部・和泉式部・清少納言らと共に中古三十六歌仙に数えられた平安時代の歌人でした。
菅原道真や紀貫之、与謝野晶子や北原白秋など名立たる歌人が時代を越えて菊の花を詠み、松尾芭蕉や夏目漱石らも俳句を残しています。

歓びにつけ、悲しみにつけ、常に日本人の心に寄り添って咲いてくれていた菊。
白菊の花言葉は「誠実」、黄菊の花言葉は「長寿と幸福」なのだそうです。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。