心に咲く花 9回 曼珠沙華

曼珠沙華 咲く野の日暮れは 何かなしに
狐が出ると おもふ大人の今も― 木下利玄

【現代訳】
彼岸花とも呼ばれる「曼珠沙華」が咲いている野の夕暮れは、何となく狐が出ると思われるよ、大人になった今でも。

心に咲く花 第9回 曼珠沙華


「曼珠沙華 くさむらの中に 千万も咲き 彼岸仏の 供養もするか」
「曼珠沙華 一むら燃えて 秋陽つよし そこ過ぎてゐる しづかなる径」など、
曼珠沙華の歌を多く詠み、「曼珠沙華の歌人」とも呼ばれた木下利玄。
東京帝国大学(現在の東京大学)在学中に佐佐木信綱に師事し、武者小路実篤や志賀直哉らと文芸誌「白樺」を創刊しました。
短歌の他、小説も発表しています。

秋の彼岸の時期に大地を紅緋色に染め上げて咲く「曼珠沙華」は、「天上の花」の意味も持つと言われます。
おめでたいことが起こるしるしに天から紅い花が降るという仏教の経典に由来しているそうです。
ギリシャ神話の海の女神にちなんだ「リコリス」の名でも知られています。

北海道から沖縄まで日本では全国各地で見ることができる曼珠沙華。
俳人 中村汀女が「曼珠沙華 抱くほどとれど 母恋し」と詠み、
歌人の土屋文明が「曼珠沙華 ひたくれなゐに 咲きたれば いやさぶしかも 故里の野は」と詠んだように、
亡き人や郷里を偲びたくなるのは、お彼岸の時期に圧倒的な存在感で咲いているからなのかもしれません。

鮮やかな紅(くれない)が陽ざしを浴びて照り映える曼珠沙華。
花が咲いた後には葉が出て、再び花が咲く頃にはその葉も消えます。
韓国では【花は葉を思い、葉は花を思う】という「相思華」の名で呼ばれています。

どこか神秘的で、異次元な雰囲気も漂わせる曼珠沙華。
利玄が言うように狐が出てきそうな、民話的な何かをもっています。
曼珠沙華を多く詠んだ俳人 種田山頭火は「曼珠沙華 ここが私の 寝るところ」という句も残しました。
この世からはもちろん、あの世からも天上からも眺めたくなるような花。
たくさんの花言葉の中には、「また会う日を楽しみに」というものもあるそうです。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。