心に咲く花 14回 菜の花

はてもなく 菜の花つづく 宵月夜
母が生まれし 国美しき― 与謝野晶子

【現代訳】
菜の花の黄色が大地を彩るように咲いている。まるで果てがないと思われるほど、あたり一面に。
母が生まれた国は美しいなあと、あらためて思う夕月夜。

心に咲く花 2019年14回 菜の花


菜の花の季節がやって来ました。高野辰之が作詩をした「朧月夜」(おぼろづきよ)を思い出す人もいるのではないでしょうか。一九一四(大正三)年の『尋常小学唱歌第六学年用』に初出した「朧月夜」。
「菜の花畠に入日薄れ、見渡す山の端霞ふかし。春風そよふく空を見れば、夕月かかりてにほひ淡し。」
――百年以上にわたって歌い継がれてきた珠玉の名曲です。辰之の郷里の長野では江戸時代から菜種栽培が盛んでした。寒さの厳しい時期を乗り越え、菜の花がいっせいに咲く春の到来がどれほど嬉しかったことでしょう。

俳句では与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」が有名です。
そして、様々な歌人も菜の花を詠んでいます。「ひとかたまり菜の花咲けり春の日のひかり隈なき砂畑の隅に」と詠んだのは若山牧水でした。
木下利玄は「二人には春雨小傘ちひさくてたもとぬれけり菜の花のみち」という歌を残しています。

特に、多くの菜の花を詠んだ歌人が与謝野晶子でした。「遠つあふみ大河ながるる国なかば菜の花さきぬ富士をあなたに」(遠江に流れている天竜川。そこでは富士を遠くに見ながら菜の花が咲いている)という歌も知られています。

掲出歌は下句が印象的です。「母の生まれし国美しき」――「母なる大地」という言葉がありますが、あえて「母の」という言葉を加えた晶子。
「われの」でも「父の」でもなく、「母の」なのです。母性の尊さ。母の手作りの菜の花のおひたし等も思い浮かべたのでしょうか。
上句の始まりの言葉が「はてもなく」のため、上句と下句の最初の文字を合わせると、実は「母(はは)」となります。晶子自身、十二名ものこどもたちの母親でした。

菜の花の朗らかな明るさを讃えつつ、子育て中のお母さんたちにも思いを馳せたくなる春です。
菜の花を園児の帽子の色だと詠んだ現代歌人もいました。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。