
あめつちを
歌にたたへし日も昨日
けふは薊(あざみ)の
精戀(こ)ふる人 ― 萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)
【現代訳】
天地(あめつち)のすばらしさを詩歌に讃(たた)えた昨日。今日は「薊(あざみ)の精」に喩えたくなるような、愛しいあの人のことが恋しくてたまらない。
心に咲く花 2025年88回 あざみ
アザミの種類は多く、世界で数百種あると言われます。日本だけでも100種類以上あるそうです。その中でもなじみの深いのが全国の山野で見つけることのできる「ノアザミ」なのではないでしょうか。5月頃から秋まで多くの人を楽しませてくれるアザミ。
「日本近代詩の父」と称される萩原朔太郎は掲出歌のような恋の歌(相聞歌)を詠みました。「富士に在る花と思へばアザミかな」と詠んだのは俳人の高浜虚子(たかはまきょし)です。自由律俳句の種田山頭火(たねださんとうか)は「あざみあざやかにあさのあめあがり」と、50音の最初の「あ」の文字を多用した作品を詠んでいます。
花にも味わいがあるアザミですが、実は薬効豊かな植物でもあることをご存じでしょうか。鋭い棘(とげ)のため、一見食べられるイメージではないかもしれませんが、葉の天ぷらはもちろん、若茎は油炒めや煮物にも活用できます。
時代を超え、災害時に人々を救ってきてくれた「おいしくて身近な野草・雑草」について調査したところ、蓬(よもぎ)やたんぽぽ、ハコベとともにアザミも日本人を支えてくれた植物なのでした。茎を剥げば生食も可能で、野遊び時の水分補給にもなるとのこと。若葉を数枚洗い、丸ごと冷水に浸したものに、ケチャップとマヨネーズを合わせたオーロラソースを付けて食べれば、それだけで「アザミのサラダ」ができあがります。
塩ひとつまみを入れた熱湯で茹で、細かく刻んだものをクルミや豆腐をすりつぶしたものに合わせる「アザミのクルミ豆腐和え」も野趣に満ちた山野のご馳走です。
細菌やウイルスが知られていなかった時代から、大地に萌え出た自然の恵みを頂くことで、元気も滋味も得た先人たち。野草には自然治癒力をアップさせる神秘の力が宿っているのかもしれません。「力」といえば武力や腕力、権力や軍事力などを思いがちですが、本来「ちから」とは、「地(ち)から」なのではないでしょうか。
アザミをはじめとした野に咲く植物を愛で、その恵みをいただき、心身共に豊かな日々を歩んで参りたく存じます。いつ災害がきてもおかしくないこの時代に。
田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。
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