第12回 園芸先進国に学ぶ

園芸先進国に学ぶ

赤塚充良の間近で仕事をしてきた社員が、取り組みやエピソードをクローズアップし、その人物像に迫るコーナー『萬古清風』(ばんこのせいふう)。第12回は「園芸先進国に学ぶ」です。

2011年1月発行 FFCテクノロジーニュース vol.13 より
※掲載内容は発行当時のものです。

◆ IGCA日本大会の開催

2010年(平成22年)10月 10日から15日にかけてIGCA(国際ガーデンセンター協会)日本大会が開催され、13日には世界17ヵ国から集まった約230名が赤塚植物園グループを訪問しました。
IGCAとは欧米を中心とした国際的なガーデンセンターの組織で、毎年園芸先進国を回って大会を開催しています。

赤塚は栽培見本農場レッドヒルで開催された歓迎のガーデンパーティーで挨拶し、参加された世界の人々に心から感謝の気持ちを述べました。日本大会はアジアで初めて開催され、これで日本も名実ともに園芸先進国の仲間入りです。日本の園芸がここまで発展できたのは、赤塚が園芸先進国に学び、追いつこうと懸命の努力を重ねてきたからです。

IGCAのメンバーがアカツカを訪問 (平成22年)

IGCAのメンバーがアカツカを訪問 (平成22年)

◆ 世界の園芸を視察する

赤塚は青年時代のアメリカ研修中に、生活が豊かになるにつれて園芸も盛んになることを経験してきました。当時の日本はまだ食べることだけで精一杯で、花や植木の需要はまだまだ小さいものでした。赤塚は日本も豊かになれば、必ず街や家庭を花と緑で美しく飾る時代が来ると考え、一生の仕事に園芸を選んだのです。

サツキの生産と販売を始めた赤塚は、1970年(昭和45年)に三重県植木振興会を設立し、37歳で初代会長に就任しました。三重県に1,000ヘクタールのサツキ畑推進計画を打ち出しましたが、年配の役員に大反対されます。その時、役員たちをアメリカの植木生産地に連れて行き、桁外れの大規模農場をたくさん見せて意識を変えたことがありました。

また、海外への植木生産地への視察では、赤塚の提案で揃いのベージュのジャケットにエンジの蝶 ネクタイ、中折れ帽という出で立ちでした。まさにオリンピック選手団のように、想いを一つにして欧州の先進地を視察したのです。海外視察の効果は絶大で、まもなく三重県は日本有数の植木産地へと発展していったのでした。

第一回目の海外視察でアメリカを訪問 (昭和46年)

第一回目の海外視察でアメリカを訪問 (昭和46年)

◆ 「新しい園芸を考える会」を立ち上げる

日本の園芸を発展させるには一人の力では限りがあります。赤塚の想いを理解して一緒に行動する人々が大勢必要です。

1977年(昭和52年)、赤塚は日本の園芸を変えることができそうな若者、意欲的で実行力のある園芸業者を選びました。その中の13名をカナダとアメリカの園芸先進地に7日間案内したのです。
初めて見る海外の園芸に参加者は感動の連続です。特にロサンゼルスの「ロジャース・ガーデン」という園芸専門店では、想像を超えたあまりの美しさにみんなは度肝を抜かれたといいます。

帰国後すぐに赤塚は「新しい園芸を考える会」を 立ち上げました。最初のメンバーは十数人でしたが、会員はどんどん増えて120名を超えた時期もあります。海外視察を年に1~2回必ず実施し、世界の園芸先進国を訪ね、先端技術を吸収し続けました。会員の構成は園芸業界全般に及び、新品種の導入から、新しい流行、グリーンインテリアまで日本の園芸界をリードしたのです。

30 年以上続けられた海外視察によって、世界中の園芸に関する先端情報はほとんど日本に集まりました。訪れた先々で歓迎され、いろいろな秘訣を詳しく教えてくれる園芸業者もたくさんありました。視察団長として参加した赤塚は、日程の許す限りの強行日程で数多くの園芸地を訪れ、夜を徹して日本の園芸の未来を語り合ったといいます。

ロジャース・ガーデンでは美しく装飾された庭や 家族づれが花を愛でる風景に感動 (昭和52年)

ロジャース・ガーデンでは美しく装飾された庭や 家族づれが花を愛でる風景に感動 (昭和52年)

◆ 園芸先進国に仲間入り

赤塚と海外視察を重ねた「新しい園芸を考える会」の会員は、全国に大型の園芸専門店やガーデンセンターを次々と開設し、園芸の発展に大いに貢献しました。赤塚も1986年(昭和61 年)に、当時日本最大級の赤塚植物園ガーデンセンターをオープンし、その後FFCパビリオンとして建て替えて(平成8年)、三重県の園芸普及に努めています。赤塚の努力に比例して国内の園芸は盛んになり、NHK「趣味の園芸」の放映、ガーデニングブーム、園芸ブームを経て、日本も園芸先進国になっていったのです。

今回、赤塚たちが学ばせてもらった世界のガーデンセンターのメンバーが、大勢来日し、当時お世話になった農場主の息子さんとも運命的な再会を果たすことができました。赤塚は自ら開発したFFCを世界に紹介することが、今までの恩返しになると考えました。世界の人々がFFCミュージアムを興味深く観覧するのを、赤塚は感慨深く対応したのでした。

(文・西村富生)

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萬古清風 FFC Technology News vol.13 P33 萬古清風 FFC Technology News vol.13 P34

著者紹介

西村 富生(にしむら とみお)

㈱赤塚植物園 執行役員。生物機能開発研究所研究開発部長。学術博士。
昭和24年三重県生まれ。昭和50年三重大学大学院農学研究科終了。同年赤塚植物園入社。
入社以来、新しい園芸植物の生産に携わる一方、花木類の組織培養法を開発する。また赤塚充良のもとで水の研究を続け、FFCの開発と応用利用の研究を担当している。