心に咲く花 49回 クロッカス

「クロッカスが咲きました」
という書きだしで
ふいに手紙が書きたくなりぬ  ― 俵万智(たわらまち)

【現代訳】
まだ寒いと思っていた早春の大地に思いがけず、クロッカスが咲いている。季節からの贈りもの。ふいに「クロッカスが咲きました」という書き出しで手紙が書きたくなった。誰かに、いや、本当はあの人に手紙を書きたいのかもしれない。

心に咲く花 2022年49回 クロッカス


アヤメ科クロッカス属の球根草の総称である「クロッカス」。
地中海沿岸地方が原産と言われています。まだ朝晩は寒い時期に思いがけず咲いたクロッカスの花を見ていると、とても幸せな気持ちになります。

霜や凍結に負けず、大地を彩るアクセサリーのような美しさとまぶしさをもつクロッカス。陽射しを浴びて群れ咲く姿には多くの人が元気や安らぎさえも感じることができるのではないでしょうか。見事な存在感と生命力で、古来、世界じゅうの人たちを魅了してきました。多年草で、世界では80種以上もの品種が知られています。

秋に咲くサフラン種は紀元前から薬用・料理用に用いられてきましたが、早春のクロッカスもすばらしい魅力をもつ花です。
白もあれば、黄色もあり、藍色もあれば、紫色もあるクロッカス。二月に咲く早咲き系の小型種も可憐でかわいらしい花です。

俵万智さんが詠んだ掲出歌を踏まえれば、思いがけず出逢うことができたクロッカスは、まるで心の中に咲いた「恋の球根」のようなものなのかもしれません。ふいに誰かに手紙が書きたくなった、という解釈もできますが、たった一人のあの人に、と読むと、まだ違った早春の相聞歌(そうもんか)の味わいも生まれます。
小さいのに、鮮やかさとぬくもりがあるクロッカス。名前の響きも、まるで春の道をスキップで散歩しているかのように感じるのは私だけでしょうか。

寺山修司(てらやましゅうじ)にも、「君が歌う クロッカスの歌も あたらしき 家具の一つに 数えんとする」という高揚感に満ちた作品があり、愛誦(あいしょう)性のある歌として知られます。コロナ禍でなかなか自由に動きづらい今だからこそ、大地を彩るクロッカスの、早春の旅人のような笑顔に励まされる日々です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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