心に咲く花 21回 竜胆(りんどう)

駒ヶ嶺に 登り行く時は 気づかざりし
りんどうの花 岩かげに咲く― 佐藤ヨリ子

【現代訳】
駒ヶ嶺に登っていた時には気がつくことがなかった、青紫色のりんどうの花が今、そっと岩かげに咲いている。

心に咲く花 2019年21回 竜胆(りんどう)


古来、日本の秋の野山を代表する草花として知られてきた「竜胆」。

『枕草子』で清少納言は、
「異花(ことはな)どもの皆霜枯れたるに、いと花やかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし」(他の花々が皆、霜で枯れてしまう中、豊かなあざやかさで顔をのぞかせている姿はとても趣がある)と語っています。

『小倉百人一首』撰者の藤原定家、さらには和泉式部ら、名立たる歌人もその青紫色の麗(うるわ)しい花を称えて詠んできました。
俳句では与謝蕪村も芥川龍之介も山口誓子も加藤楸邨も竜胆を詠んでいます。
個人的には種田山頭火の「山ふところの ことしもここに 竜胆の花」が印象に残っています。
近代を代表する歌人である北原白秋にも、「男なきに 泣かむとすれば 竜胆が わが足元に光りて居たり」という歌があります。

天高き秋の晴天の日に花を咲かせる竜胆。
古来、どれほどのさみしい、切ない老若男女の心を癒し、励ましてきたことでしょう。
竜胆は存在自体が、秋の大地に咲く「薬」なのかもしれません。「薬」とは「草かんむり」に「楽しい」と書くことだと思えば、竜胆もまさに心をほぐし、恋の痛みすらも和らげる、天地からの贈りものなのでしょう。

掲出歌は現代女流歌人の一首です。
行きの登りでは気がつくことのなかった小さな竜胆を、岩かげに見つけた作者はどれほど嬉しかったことでしょうか。

夏の向日葵のような大輪の花もいいですが、岩かげに隠れて咲く竜胆の控えめでけなげな姿にも教わることが多い昨今です。
美しいのに出しゃばらず、あざやかなのにそこはかとなく――小さくても品格のある優しい竜胆の青紫が今日もどこかの大地を彩ってくれていることを思えば、とても幸せな気持ちになる秋です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。