心に咲く花 11回 楓

あらしふく 御室(みむろ)の山の もみぢばは
竜田の川の 錦なりけり― 能因法師

【現代訳】
山風が吹き散らす「御室山」の紅葉が竜田川の水面を彩っている。
その彩りの美しさ、見事さ。まるで錦を織り成したようではないか。

心に咲く花 2018年11回 楓


掲出歌は「小倉百人一首」にも採られている名高い一首です。

『万葉集』の時代から人々に愛され、詠まれてきた紅葉。
これまでさまざまな花を取り上げてきましたが、晩秋のこの時期はやはり、日本人として、楓(かえで)の美しさに思いを馳せられたらと思います。
世界に目を向けると、花の美しさを讃える民族は多くても、すべての民族が紅葉の美しさに感情移入できるというわけではないそうです。

古来、散りゆく楓の儚さにも美を見出した日本人の感性。
『小倉百人一首』には「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」(在原業平)、「このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに」(菅原道真)など、紅葉を詠んだ歌が何首も採られています。

紅葉の代表格が楓、黄葉の代表格は公孫樹(いちょう)でしょう。
新緑の頃、鮮やかな緑色で目を楽しませてくれた楓は、晩秋、再び野山を錦で飾ります。
イロハカエデ、オオモミジ、ヤマモミジなど、たくさんの種類が知られた楓には日本原産のものが少なくありません。大地も人々の心も潤し、彩ってくれる楓。晩秋の山々を燃え立つように輝かせる楓は和歌以外にも、謡曲にも染織品や蒔絵のデザインなどにも用いられてきました。
江戸時代には庭木としての楓が一般に広がりました。園芸種は明治時代に既に二百種類以上あったそうです。

「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」という句も詠んだ江戸時代の良寛は、「形見とて 何か残さむ 春は花 夏ほととぎず 秋はもみぢ葉」と詠み、近代では樋口一葉が「嬉しくも ひとりおくれて 見つるかな 夕日に匂ふ 山のもみぢ葉」と詠んだ楓。

花の少なくなる季節に人々の心に咲くものがあるとしたら、それがやはり楓なのでしょう。
凍てつく季節の前に大地が見せてくれる麗しき緋色の焔(ほむら)の優雅さをこれからも讃え続けて参りたく存じます。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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