心に咲く花 24回 南天の実

一度だけ 本当の恋が ありまして
南天の実が 知っております― 山崎方代

【現代訳】
晩秋から冬の間、赤い実を輝かせる「南天の実」。
生涯にたった一度だけのたいせつな恋をこの南天の実だけが知ってくれている。

心に咲く花 2020年24回 南天の実


一九十四(大正三)年に山梨県で生まれた山崎方代(やまざき ほうだい)は、戦争で右目を失明し、野戦病院で終戦を迎えました。左眼もかなり弱視となりました。
それでも、「短歌史の寅さん」に喩えたくなるような個性的な歌を多く詠んでいます。

「いつまでも 転んでいると いつまでも そのまま転んで 暮らしたくなる」
「秋が来て 夕日が 赤い来年も こんな夕日に 会いたいものだ」
「このように なまけていても 人生に 最も近く 詩を書いている」
「こんなにも 湯呑茶碗は あたたかく しどろもどろに 吾はおるなり」

――肩ひじを張らず、言葉をむやみに修飾することもなく、歌を詠んだ方代。没後三十年以上経った今でも多くの人に愛されています。

そんな方代の人生随一の恋を知っている「南天の実」。
古来、「難を転じる」という意味で、新春の縁起物として用いられることも多い植物です。
雪の中でも真紅の美しさを称えた南天の実は、恋も人生も励ましてくれる存在なのかもしれません。

見た目のあざやかさだけでなく、南天には葉にも実にも生薬としての効能があります。
殺菌効果もあり、お腹をくだした時や解熱作用でも重用されてきた葉。
一方、実も漢方では咳を鎮める薬として知られています。

先日、父が食あたりになった際、薬剤師の叔母が南天の葉を刻んで濾(こ)した汁を飲ませてくれたら、すっかり良くなって家族で驚いたことがありました。
父の持病も把握している叔母のアドバイスだったから安心でしたが、以来、南天の鉢を我家でも購入し、庭で育てています。

見る人を楽しませる紅果はもちろん、葉も人生の常備薬になる至福。南天の実は方代の恋をどんなふうに見守ってくれたのでしょう。
時に励まし、時に心も彩る明るい南天の実。
今日もどこかで、人生や恋に迷う誰かにそっとエールを送ってくれているのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。