対談 赤塚耕一×村林新吾さん

生徒にとっても、僕にとっても
「教えること」は最大の勉強になる

今回のゲストは、赤塚グループが協力する、三重県津市高野尾町の農産物直売所「朝津味」に、相可高校調理クラブの村林先生をお招きしました。
調理服姿の部員3人を伴われた先生に「調理」「食育」の現在、課題などを伺いました。

『BOSCO TALK』
赤塚耕一 ×村林新吾さん(三重県立相可高等学校食物調理科教諭)

2018年2月発行『filanso style 21号』掲載


自然の中でおいしい料理を出したい

村林 僕の実家はもともと祖父の代まで材木商なんですよ。

赤塚 そうでしたか。私どもはもともと植木をあつかっていましたから、親近感がわきますね。

村林 父が跡取りを嫌がり「じゃあしょうがないから接待用の料理旅館でもやっとけ」という話になったらしいのですが、結局そのまま料理屋になってしまった。僕は生まれたときから「うちは料理屋だ」と思っていたんですけれど、今も親戚はみんな材木商なんですよ。

赤塚 そうだったのですか。植物に縁がおありだと伺うと親近感がわきますが、今や料理の世界で大活躍ですね。なぜ先生は料理の世界に?

村林 大阪の大学の経済学部を卒業したんですが、やはり料理に興味があって、調理専門学校に通い、その専門学校で10年間教師をしていました。94年に地元である三重県の相可高校に「食物調理科」ができることになって戻ってきました。それからずっと教師として高校生に料理を教えています。あと数年で定年ですよ(笑)。

赤塚 昨年完成したこの朝津味のフードコートでもたいへんお世話になり、ありがとうございます。

村林 朝津味をお手伝いするようになったのは「木」がきっかけのひとつなんですよ。

赤塚 朝津味に隣接するレッドヒルヒーサーの森をとても気に入ってくださったのだそうですね。

村林 三重大学の先生に誘われて、初めてレッドヒルの丘を上って行ったとき、歩きながら「こんないい場所で皆さんに料理を出せたらええやろなあ」「朝粥なんかどうやろなあ」なんてことを思った。そうしたら、実はここにレストランができると聞いたんです。それでお手伝いをさせてもらうことになりました。

朝津味に隣接するレッドヒル ヒーサーの森を歩くふたり

赤塚 メニューなどについても、アドバイスしていただきました。

村林 2002年に調理クラブの生徒たちと立ち上げたレストラン「まごの店」は、部活の一貫で、教育の場所でもあります。こうしたノウハウは持っていたけれど、産直施設に併設のフードコートでのメニュー開発は初めてでしたから僕も勉強になりましたよ。

就職率100%の体育会系調理クラブ

赤塚 生徒さんも研修として朝津味の厨房を手伝ってくださっていますね。

村林 こちらこそお世話になっています。「まごの店」とはまったく違う現場で、たいへんいい経験を積ませていただいています。

赤塚 食物調理科の卒業生のみなさんの進路は?

村林 卒業生は延べ400人ぐらいですが100%食関連ですね。飲食店に勤める子以外も、大学に進む子は管理栄養士になったり、家庭学で教員免許をとったり。食物調理科ができた当時は、学校で調理師免許をとって送り出しても現場になかなかついていけずに辞めてしまう子のほうが多かった。でも食物調理科の9割が所属する調理クラブで「まごの店」を立ち上げて現場の厳しさ、仕込みの経費や流通、接客までも高校生のうちに教えるようになってからは強くなりましたよ。
今は業界でも卒業生は引く手あまたで、もし何かしらの事情があって退職しても、またうちの生徒を採ってくれるようになった。現場に入った子の3分の2以上はずっと仕事を続けています。店は土日だけですが、ほかにも調理関連のイベントが多く年末年始も含めて365日ほぼ休みなし。授業と合わせると年間1800時間料理を学んでいることになり、これは現場だと2年半の経験に相当しますから、すぐに戦力になり得るんです。

赤塚 たいへんな時間数ですね! 料理の修行というのは非常に辛いものだと聞きますが。

村林 一般的にはその通りです。料理業界の修行というのは、いまだに厳しい徒弟制度です。下働きをこなしながら、先輩の手元を見ながらおぼえていかなくてはならならないことのほうが多いのです。師匠が手取り足取り教えてくれるわけではない、という世界です。でも僕にはいわゆる「料理の師匠」はいません。親父や専門学校の教師たちに習ってきた。料理界の「徒弟制度」を経験してこなかったからこそ、生徒を教えることができているのかもしれませんね。

赤塚 それでもやはり好きでなければ続けられない世界でしょうね。

料理教室やフードコートで
生徒たちの「生の姿」を
地域の人に見てほしいですね

食を支える土台は「水」と「土」

赤塚 たいへんな仕事ですが、やはり人の健康を支える「食」というのは最も大切な仕事のひとつだと思います。私たちはまず「水」そして「土」から、と考えて取り組んでいます。農薬や成長促進剤のようなものをできるかぎり減らして農産物を栽培するお手伝いが少しでもできたら、と思っています。

村林 それは本当に大事なことだと痛感しています。うちの生徒たちは普通の子より味や食の安全には敏感で、みんな食べることが好きで調理にも興味がある。それでも、ファストフードの濃い味が好きな子は多いし、家でとった出汁の味を知らない子もいる。その差がどこで出てるかというと、おじいちゃんおばあちゃんといっしょに育ったかどうかが大きいと思います。祖父母世代と同居した経験がないと、やっぱりファストフードやコンビニの味を好む傾向があるし、それだけではなく缶切りの使い方を知らなかったりすることもある。最近の缶詰というのはプルトップを引っ張るとパカンと開くものばかりですからね。
それと、これはどんな家庭の子もそうなのですが、僕から見ると「もったいないなー」思うことがある。小さいことですが、たとえばそこらをふくティッシュ。2枚もあれば足りるところを5枚も10枚も取るんですね。キッチンペーパーも「1枚でええやろ」と思うのに、3枚はとるんですわ(笑)。

「銅賞」で生徒たちが学んだこと

村林 実はうちは高校生国際料理コンクールで何度も金賞をとっているんですが、一昨年ある理由で銅賞に終わりました。その理由が「あまった食材を捨てた」ということだったんです。指導が行き届かなかった僕の責任だけど、環境が恵まれすぎていることがそういう部分にも表れてしまったのかもしれないですね。うちの調理クラブの子らは、食材だけは贅沢に使い放題で、それに慣れてしまっていたのだと思う。翌年は、そうした技術以前の意識についてもきちんと考え直して金賞を取りましたけれど、あの銅賞はいい勉強になりました。

赤塚 今の時代、農家に育たなければ「有機野菜」「減農薬」といったことも「言葉」しか知らない子どもたちも多いですね。

村林 アメリカでは本当に泥まみれになって農作業の現場をまず学んで、それから調理を学ぶべきだ、という考え方になってきている。これはアメリカでファストフードが極端に増えすぎたことへの危機感、裏返しだと思います。

赤塚 それにしても、生徒さんたちは平日毎日部活があって、しかも土日は「まごの店」で仕事となると、とても忙しいですね。

村林 うちは体育会系ですよ。食材だけはアワビでもフグでも「もう見たくない」ほど扱いますし、食費はかからないけれど、食べる順番は上級生からで1年生は最後! 1年生は大急ぎで食べないと時間切れになる。

赤塚 それだけ鍛えられたら本当に強くなるでしょうね。でも、心の教育、さらに技術の教育、両方を指導するにはご苦労が多いでしょう。

村林 子どもから大人に変わっていく多感な時期ですからね。僕自身がぶれないようにしなければいけない、と心がけています。

朝津味を応援することで
地域の活性化につなげていきたい。
高校生の力を貸してください

ほめられて成長する「小さい先生」たち

赤塚 この施設で開かれる料理教室でも、村林先生と生徒さんが講師になってくださっていますね。

村林 僕はみなさんから「大きい先生」、生徒たちは「小さい先生」と呼ばれいるんですよ。こちらでの料理教室は、あらかじめメニューが決まっていて、しかも時間が限られているので、こちらで材料も用意し、下ごしらえもした上で行うことが多いのですが、ほんとは教室に来た受講生の方たちと朝津味のマーケットで旬の食材を選び、そこからみんなでメニューを考えて作る、ということができたらいいだろうなあ、と思います。ただ、主婦の方たちは「料理教室に来た時くらいふだん家事としてやっている買い物からは解放されたい」と思われるようですねえ。

朝津味のキッチンスタジオでは地域の人を対象とした料理教室も開かれる。助手を務めるのはいつも調理クラブの部員たち。村林先生は「大きい先生」、生徒たちは「小さい先生」と呼ばれている。

人に教える、というのは生徒にとって最高の勉強になるんですよ。しかも、高校生が大人に教える。大人が「なるほど」と納得してくれたり、「すごいなあ」と感心して褒めてくれると子どもたちは本当に喜ぶし、同時にいろんな意味で成長します。教室に来る地域の人たちに教えられることも多いです。

赤塚 なるほど(笑)。

村林 その気持もわかりますよね。

赤塚 レッドヒルヒーサーの森では長年、地域の子どもたちを招いた親子写生大会を開催してきました。現在でも様々なイベントを行っています。そこには親子が自然の中でふれあい、自然を感じることで、子どもたちの「心」を豊かに育んでもらいたいという想いが込められています。また、レッドヒルを通じて、私たちも朝津味の運営に協力させていただくことで、地域の活性化に一役買いたいと思っています。

村林 学校の中だけではなく地域に出ることで子どもたちの姿を見てもらって、彼らがどんな風に過ごしているのかを理解してもらえたらそれもうれしいことですよ。「高校生レストラン」というドラマのモデルにもしてもらいましたが、それとは違う生の生徒たちを見てほしいです。

赤塚 ぜひ近々「まごの店」を訪ねてみたいですね。

村林 お待ちしていますよ!

年末のファーマーズマーケットで野菜をチェック!調理クラブの生徒たちは年末800食のおせち料理を作る。


村林新吾(むらばやし・しんご)さん

1960年、松阪市の料理店に生まれる。大阪経済法科大学卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校に学び、同校で10年間教鞭をとる。94年から相可高校の教諭となり調理クラブ顧問を務める。生徒とともに開いたレストラン「まごの店」は大きな話題となりメディアで大きく取り上げられる。07年文部科学大臣優秀教員表彰を受ける。

『高校生レストラン、本日も満席』 『高校生レストラン、行列の理由』 (いずれも伊勢新聞社刊)

■店舗情報
高校生レストラン「まごの店」
多気郡多気町五桂956 五桂池 ふるさと村内
☎ 0598-39-3803(営業日のみ)
営業時間等は下記ホームページをご覧ください。
http://www.mie-c.ed.jp/houka/mago/mago.html

「朝津味」
三重県津市高野尾町5680
☎ 059-230-8701
営業時間等は下記ホームページをご覧ください。
https://asatsumi.jp/


取材・文/小幡恵 撮影/今村敏彦