心に咲く花 50回 馬酔木(アセビ)

やまとうた_馬酔木

水の辺(べ)の 馬酔木の若木 小さけれど
ほのかに群れて 花つけむとす  ― 北原白秋

【現代訳】
水辺に馬酔木の若木がある。まだ小さいけれども春の到来を告げるように、ほのかに仲良く群れて今まさに花を咲かせようとしている。

心に咲く花 2022年50回 馬酔木(アセビ)


『万葉集』に十首ほど詠まれるなど、古くから多くの人々に愛された馬酔木。早春の大地を純白色に群れて彩る馬酔木の花は本州や四国、九州などの山地に自生する他、庭木や盆栽としても人気です。「天の城」と書く、静岡県の天城山には馬酔木の大群生地があることが知られています。

『万葉集』では詠み人知らずの「我が背子(せこ)に 我が恋ふらくは 奥山の 馬酔木の花の 今盛りなり」などの歌が有名です。「貴方のことを密かに恋焦がれる私の心は奥山に咲く馬酔木の花のように真っ盛りです」という恋の歌。鈴なりに群れ咲く姿が、湧き上がるような恋心を思いおこさせるのではないでしょうか。

「山」を導く枕詞として知られる「あしびきの」という言葉は、実はこの馬酔木から来ているという説もあります。
有毒成分があることから、馬や鹿などは避けるといわれる馬酔木。馬が食べると酔っぱらったようになることからこの名がついたと語り継がれます。

『万葉集』には、「鴛鴦(おし)の住む 君がこの山斎(しま) 今日見れば 馬酔木の花も 咲きにけるかも」(鴛鴦(おしどり)がやって来るあなた様のお庭を今日見ると、美しい馬酔木の花が咲いていますね)という三形王(みかたのおおきみ)の和歌もあります。
水辺のまだ若い馬酔木も今まさに花をつけていると詠む北原白秋(きたはらはくしゅう)の掲出歌。古典からの歌の流れを踏まえれば、白秋の一首にもほのかな恋心が描かれているのかもしれません。

伊藤左千夫(いとうさちお)は短歌雑誌に『馬酔木』という名をつけました。一方、水原秋櫻子(みずはらしゅうおうし)も俳句雑誌に『馬酔木』という名をつけています。多くの詩人たちにも親しまれた馬酔木。花言葉は「献身」だそうです。

樹齢百年、二百年の古木もある馬酔木。女流歌人の稲葉京子(いなばきょうこ)は、「昏れ残る 障子明かりの 花の色 馬酔木のかたに 春は来てゐし」と詠み、馬酔木のすぐそばに春が来ていると表現しています。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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