心に咲く花 57回 柿(かき)

柿の実のあまきもありぬ
柿の実の渋きもありぬ
渋きぞうまき  ― 正岡子規(まさおかしき)

【現代訳】
柿の実には甘いものもあれば、渋いものもある。実は渋いものこそ美味しいものだ。

心に咲く花 2022年57回 柿(かき)


ちょうど今、わが家の小さな庭でも柿の実が照日色に色づき始めました。
今年は豊作で今まで以上にたくさんの実がなっています。芽吹き始めた頃の萌黄色(もえぎいろ)の葉も、冬にすべての実や葉を落とし尽くす潔さも好きですが、85歳の父も小学三年生の息子も世代を超えて嬉しそうに柿の実を眺めている姿を見ると、とても幸せな気持ちになります。

かつてこの地域で軒先に干していた柿が現在ではあまり見られなくなりました。それでも、干し柿をつくるおばあさんと出会うと、ぜひ長生きしてほしいなあと思います。亡き祖母を思うからでしょうか、柿の実はどこかなつかしく、タイムマシーンのボタンのようにも思えます。

食べても美味しく、柿の葉寿司のように葉の薬効も生活に役立てられる至福。葉のお茶も楽しむことができる柿に、私たちはどれほど、生活を潤してもらっていることでしょうか。幹の木質には堅さもあり、家具としても古来、役立てられてきました。

掲出歌は、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の俳句でも知られた正岡子規の短歌です。甘さを称えた柿の詩歌は現代でも多い中、あえて渋柿の魅力を語るところが正岡子規らしいなあと思いました。

「母が植ゑて 母が見ざりし 柿の実ぞ 青くつぶらに 十あまりの柿」 植松寿樹(うえまつひさき)、「油燈にて 照らし出されし み仏に 紅あざやけき 柿の実ひとつ」 斎藤茂吉(さいとうもきち)、「柿の木に 礼をつくして 柿の実を 梢に三粒 もぎ残したり」 山崎方代(やまざきほうだい)など、近現代の歌人たちも多く詠む柿。学名となったギリシャ語の「ディオスピロス」は、「神様の食べもの」という意味があるのだそうです。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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