心に咲く花 22回 金木犀(きんもくせい)

裏山の 径(みち)をのぼりて 木犀の
香を嗅ぐころぞ 秋はれわたる― 斎藤茂吉

【現代訳】
裏山の道をのぼっていくと、香りのいい木犀が咲いている。思わず鼻を近づけて匂いを嗅ぎたくなるような木犀だ。この頃になると天高く晴れわたり、本格的な秋の到来だ。

心に咲く花 2019年22回 金木犀(きんもくせい)


都心の街路樹にも金木犀の豊かな香りが漂う季節となりました。
春の沈丁花(じんちょうげ)と秋の金木犀――
どちらも思わず鼻を近づけて香りを楽しみたくなる花です。紅葉の季節の前に大地を彩ってくれる金木犀。
斎藤茂吉の掲出歌のように、天高い秋の晴れわたった空との相性が抜群の花だと思います。

今、私が暮らす静岡県の「県の木」はこの木犀です。
木犀にはいくつかの種類がありますが、最近では最もポピュラーな金木犀も「木犀」と呼ぶ傾向にあるそうです。
比較的、暖かい地方に植えられ、日当たりがよく湿度も保たれた土地によく育つ木犀は、静岡県民の人気投票によって、「県の木」と制定されました。
実りの秋の到来を告げるように、橙黄色(とうこうしょく)の小さな花々を密生させながら咲く常緑小高木。見ているだけでほのぼのとした、朗らかな気持ちにさせてくれる存在です。

静岡県三島市の三嶋大社には、樹齢千二百年とも語り継がれる薄黄木犀(うすぎもくせい)の巨木があり、昭和九年に国の天然記念物に指定されています。
枝じゅうに黄金色の花を咲かせ、一年に二度、満開の時を迎えます。円形に広がり、垂れた枝先は地面に着くほどの大きさです。甘い芳香は風に乗って、かつては二里(約八キロ)先にまで届いたという伝承があるほど見事な天然記念物。梅も桜も有名な三嶋大社ですが、秋の木犀の時期もいかがでしょうか。

高浜虚子は「木犀の 香にあけたての 障子かな」と詠み、宮柊二の妻である宮英子は「木犀の 香にいざなはれ 散歩道 ひと木のたてば 夫のまぼろし」という作品を残しています。

甘い香りをともなった花は懐かしい人の姿を思いおこさせる幻想的な存在でもあるのかもしれません。
「謙虚」という花言葉も持つ金木犀。秋深くなりゆく日々に毎日そっと見上げたくなる大地のアクセサリーのような花です。

 


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。