心に咲く花 25回 木瓜(ぼけ)

年老いし 警備員が 花咲かせ置く
くれなゐ淡き 木瓜(ぼけ)のひと鉢― 鎌田純一

【現代訳】
年を重ねた警備員が警備員室に淡い紅色の花が咲く木瓜の一鉢を飾っている。
年老いた警備員の心を潤してくれるような木瓜の花の優しい緋色よ。

心に咲く花 2020年25回 木瓜(ぼけ)


春がまだ訪れない時期から咲く木瓜を「冬木瓜(ふゆぼけ)」と呼びます。
その中でも特に寒い季節に咲く木瓜を「寒木瓜(かんぼけ)」と呼んで、日本人は古来、尊んできました。

「寒木瓜の ほとりにつもる 月日かな」と詠んだのは俳人の加藤楸邨(かとう しゅうそん)です。
同じく俳人の鷹羽狩行(たかは しゅぎょう)は、「まじはりの 淡からず 寒木瓜の花」という句を詠んでいます。
正岡子規は「初旅や 木瓜もうれしき 物の数」と新春の旅を詠み、夏目漱石は富士山と組み合わせて、「蹴爪づく 富士の裾野や 木瓜の花」という句を残しています。

寒さの中、枯れ枝に次々と緋色の花を咲かせる寒木瓜は、観る人にエールを贈ってくれているようにも感じられます。
歌人では伊藤佐千夫や長塚節も木下利玄も詠んだ木瓜。

「ものはみな 枯れゆく景色の 中にして 紅ひとつ 寒木瓜の花」(今泉由利)と詠んだ現代歌人もいます。
「病床より 指図し賜びたる 紅の木瓜 亡き朝咲くさえ 君のたくらみ」(川口美根子)と詠んだ女流歌人もいました。

掲出歌は、宮内庁侍従職御用掛も務めた歴史学者の作品です。若い時代を伊勢で過ごし、宮中行事に関する造詣も深く、平成の大嘗祭にたずさわった神道学者でもありました。
二〇一四年に九十歳で天寿を全うするまでに国学院大学や皇学館大学で教鞭もとった作者。年老いた警備員へのまなざしも、飾られた木瓜に対するまなざしもあたたかさを感じます。学徒出陣した体験も持つ作者は、どのような思いで年老いた警備員が大事にしていた木瓜の紅色を眺めたことでしょう。

花の少ない時期に、人々を激励するように咲き、香りも豊かな寒木瓜。『万葉集』の「あしび」は実は木瓜だとする学説もあるほど、日本人に親しまれてきた植物です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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