心に咲く花 44回 木槿(ムクゲ)

雨はれて 心すがしく なりにけり
窓より見ゆる 白木槿(しろむくげ)のはな  ― 斎藤茂吉

【現代訳】
雨が上がり、晴れ渡って心が清々しく感じられる。窓の向こうには、白木槿のまっしろいさわやかな花が見える。

心に咲く花 2021年44回 木槿(ムクゲ)


夏から秋にかけて、次々に咲いては生け垣や公園を彩る木槿。よく分枝し、枝先には芙蓉(ふよう)に似た美しい花が咲きます。
アオイ科フヨウ属落葉樹の木槿。『万葉集』の朝貌(あさがお)が実は木槿のことではないかという学説があるほど、古くから日本人に親しまれた花です。芙蓉がどこかたおやかな女性的な美しさだとしたら、木槿の清々しさや清らかさは男性的だと表現する人もいます。

松尾芭蕉(まつおばしょう)が『野ざらし紀行』で木槿の句を詠んだ他、小林一茶(こばやしいっさ)も「それがしも 其の日暮らしぞ 花木槿」という句を残しています。朝咲いて夕方にはしぼむ一日花だと語られることが多いために生まれた句です。
木槿には「夏空」「日の丸」「玉うさぎ」「レッドハート」「レインボウ」「白一重」など、幾つもの園芸品種があり、原産地のアジアはもちろん、近年は北欧やアメリカなどでも栽培がおこなわれるようになりました。

掲出歌は、斎藤茂吉(さいとうもきち)の歌集『あらたま』の一首です。茂吉の他にも若山牧水(わかやまぼくすい)・北原白秋(きたはらはくしゅう)・佐藤佐太郎(さとうさたろう)・宮柊二(みやしゅうじ)・釈迢空(しゃくちょうくう)ら、近現代を代表する多くの歌人に木槿の作品があります。

猛暑や大雨で人々の元気がなくなってしまうような時期にも、次々と見事な花を咲かせる木槿は、十月ごろまで美しい花を楽しむことができます。
樹皮や根皮は和紙づくりの粘着剤となる他、白い花のつぼみを乾燥させたものは漢方の「木槿花」の名で知られ、煎じて飲めば胃腸炎や下痢にも効くと言われます。

時代を超えて、多くの人々に有益なものをもたらす木槿。新型コロナウイルスの感染爆発が全国的となる中、挿木したものが翌年には開花するほど豊かな生命力の木槿にあやかり、元気に暮らしていきたいものです。

木槿の花言葉には「繊細な美しさ」などの他に、「尊敬」「信念」「強い精神力」というものもあります。耐暑性が強いだけではなく、実は耐寒性にも優れたすばらしい樹木です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

★こちらの記事もご覧ください★
【BOSCOトーク】対談 赤塚耕一×田中章義さん