心に咲く花 20回 月下美人

天(あめ)の工(たくみ)の きはみのはてに ありといふ
月下美人の 白ただならず― 鹿児島寿蔵

【現代訳】
天の職人の極みの果てにつくられたような、すばらしい月下美人の花。この類まれな白をもつ花は決してただものではございません。

心に咲く花 2019年20回 月下美人


夏の夜、夕方から咲き始め、わずか一夜で咲き終えてしまう神秘的な「月下美人」。
月の光の下に凛と立つ美しい花は、なるほどその名の通り、美しき人を思わせます。

香り高い、純白の花。夜八時、九時頃から開き始めた花は深夜に満開となり、わずか数時間で咲き終えていく、謎めいた麗しさです。

世界に目を向けると、ジャングルの岩や老樹の梢などにも着生するのだそうです。
メキシコから中米を原産とする、サボテン科クジャクサボテン属の多肉植物。
仲間には、「鳳凰の舞」「待宵孔雀」など、優雅な名前をもつものも存在しています。
月下美人の仲間が鳳凰の舞であり、待宵孔雀というのは、何とも詩心のあるネーミングです。植物の舞踏会のようです。

今は亡き現代歌人・窪田章一郎は、「大鉢の月 下の美人 馴れぬ手に 人の愛児 あづかるごとし」という歌を詠みました。
他者の愛児をあやすかのように、戸惑いつつ月下美人を大事に扱う自身の姿がユーモラスに詠まれています。

掲出歌の作者である鹿児島寿蔵は、1898年に福岡で生まれた歌人でした。
博多人形の製作を学び、1961年には紙塑(しそ)人形の人間国宝にもなった人です。
そんなすばらしい伝統工芸の職人に、「天(あめ)の工(たくみ)の きはみのはて」だと歌われた月下美人。
人形作家の研ぎ澄まされた眼にも「ただならぬ白」に映るのでした。

昨今は、「満月美人」という品種も存在するそうです。
年に数度、月と対話をするかのように花を咲かせる麗人。
昭和天皇がまだ皇太子だった頃、台湾訪問の際にこの花のすばらしさに感激し、当時の駐在大使に名前を聞いたところ、「月下の美人です」と返答を受けたところから、その名がついたそうです。

出会った人を皆、詩人に変えるすてきな花なのかもしれません。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。