心に咲く花 65回 野いばら

野茨をりて髪にもかざし手にもとり
永き日野辺に君待ちわびぬ  ― 与謝野晶子(よさのあきこ)

【現代訳】
野茨を手折り、髪にかざしたり、手にも取ったりしながら、長い時間、野辺であなたを待ちわびていた。

心に咲く花 2023年65回 野いばら


「野ばら」とも称される「野茨(のいばら)」は、『万葉集』にも詠まれた、日本人となじみの深い植物です。万葉集の時代には、「うまら」、もしくは「うばら」と呼ばれていました。

バラの8原種の1つに数えられる「野茨」は、日本を代表する野生のバラです。今でこそさまざまな品種が世界じゅうで愛されているバラですが、国内にも原種があり、その素朴な美しさが時代を越えて愛されてきたことを今一度、思い起こしたいと思います。
古来、どれほどの日本人の心を豊かに潤してくれたことでしょう。5月から6月頃に純白色の花を咲かせる野茨は、初夏(はつなつ)の陽射しを浴びて、眩しく大地を彩ります。香りがよく、虫たちにも人気です。

シューベルトなど、さまざまな名高い作曲家たちも曲にもした野茨。そのため、「上品な美しさ」「純朴な愛」「素直なかわいらしさ」などの他に、「才能」や「詩」という花言葉もあります。
花の時期が終わると、夏から秋にかけて、赤い実をつける野茨。生薬として知られ、化粧品にも用いられるほか、南米の野茨の実は「ローズヒップ」と呼ばれ、ハーブティーとしても知られています。

掲出歌は、野辺に恋人を待つ与謝野晶子の恋の歌です。香り高い野茨を髪にかざし、手にも取り、そっと待ちわびる気持ちが表現されています。女流歌人のみならず、木俣修(きまたおさむ)や島木赤彦(しまきあかひこ)、木下利玄(きのしたりげん)、寺山修司(てらやましゅうじ)など、国語の教科書に載る近代以降の歌人にも野茨の歌は詠まれています。

「野茨にからまるはぎのさかり哉」という俳句を残したのは芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)です。宮澤賢治(みやざわけんじ)の代表作『銀河鉄道の夜』にも野茨が出てきます。賢治いわく、「銀河はバラの匂いがする」のだそうです。野茨の花を眺め、香りも楽しみながら、天空にも思いを馳せたい季節です。


田中章義(たなか あきよし)さん

歌人・作家。静岡市生まれ。大学在学中に「キャラメル」で第36回角川短歌賞を受賞。2001年、国連WAFUNIF親善大使に就任。國學院大學「和歌講座」講師、ふじのくに地球環境史ミュージアム客員教授も務める。『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)の他、歌集『天地(あめつち)のたから』(角川学芸出版)、『野口英世の母シカ』(白水社)など著書多数。

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